町医者

事故で捻挫した右足首の治療に、会社が紹介してくれた町医者に通っている。

ここのお医者さんは亀のような雰囲気のおじいさんで、最初に掛かった時には診察室に通された後、しばらくこちらを振り向きもせずに延々と別の患者さんのレントゲン写真を眺めてらっしゃったので、この医者大丈夫かなと思った。

で、ずり落ちた黒ぶち瓶底メガネで斜め45度に向き直り、上目遣いでこちらを凝視しながらゆっくり話す。

ニコリともせずに。

この医者ほんまに大丈夫かいな、と思ったところで、「では、足を台に置いて診せてください」と患部を触られたところで驚いた。


手がふにっふに!

なにこの手めっちゃ気持ちいい。

そして触り方がいちいち「…ぴとっ、ぴとっ、」といった感じで、何というかすごく優しい。

そうして(?)私はこのお医者さんにすっかり心を開き、軽い感動と共に古くさい医院を後にした。


それから何度か通院しているが、このおじいさん先生は相変わらず我関せずのスローテンポで、よく笑いをこらえきれずに困っている。

傑作だったのは看護師の奥様との連携プレー(湿布貼り)で、2人で四隅持ってよいしょーって湿布貼るってなんなの、、足首に普通サイズの湿布貼るだけだし!しかも大して上手く貼れてないし!

…誰かに心の声を伝えたかった(がんばって黙って見守りました)。


こういう人種、どこかで知ってるなあってなってすぐに思い当たった。

学生の頃、ド田舎で取材したおじいさん方からは時折同じような印象を受けていた。

会話がキャッチボールとして成立しない。質問の答えが返ってこないことも多く、基本的に喋りたいことしか喋らない。

それはボケているからではなく、私たちよりも自然に近いところで生きているから話法が違うだけなのだと思う。

これは研究データを取るには甚だ不便なのだけど(笑)、こういったおじいさん達のそばにいると安心した。

人間だけじゃなくて、岩とか植物とかの存在感と似たものを持っているから。


先のお医者さんはもちろん会話が成立しないということはないけれど、どこか人間離れしていることは共通していて、都会の中にもこういった方がいらっしゃることはちょっとした驚きだった。


人間くさいのも良いけれど人間ぽくないのもまた良いものだ。


電気治療は非常に暇で、事故の時あと1秒ぶん前に出ていたら、着地の打ち所が悪かったら死んでいてもおかしくなかったことを考えたりする。

きわどい場面だったことに対して恐怖も感慨もあまりないのだけれど、そういえば自分がまた事故に遭う夢と自分が車で人を跳ねる夢は見た。


しかし、車は信号無視で突っ込んできたのに、バンパーに弾かれた右足首以外ほぼ無傷ってすごいな。

私の運動神経からして、高校の体育で多少習ったくらいの柔道の受け身が咄嗟に出るはずないし(笑)

今は明確な夢や目標は特にないけれど、これからも生きてやることはきっとあるんだろう。


そんなこんなで今後もおじいちゃん先生に会うのを細やかな楽しみとして、渋々ながらもしばらくは件の町医者に通うつもりである。